四街道の自然 by 四街道自然同好会 市川清忠

 

このコーナーでは、自然がいっぱいの四街道をご紹介します。

(資料提供:マイルストーン

 

 

詩人列島

 春まだ浅い頃、雑木林の林縁に傘を半開した様な格好の白みがかった深青色の若葉をみつけることがある。うぶ毛を生やした葉の手ざわりは赤ちゃんの頬を思わせ何とも可愛い。この草に昔の人はヤブレガサと名付けた。のびるに従い破れた傘を広げたように見えるのも楽しい。

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 林の縁に薄みどりにうぶ毛をたくさん付けた若葉を何枚も枝の先端につけた低木がある。見なれた頃にはそこここに見つける。この葉も何とも可愛ゆく、この季節にしか見ることができない。成長した葉の裏を見ると白い粉を付けている。この葉に細枝で字が書ける。私はこの木にラブレターの木と名付けているが、世間ではシロダモと呼んでいる。秋になると長さ1.5cm程の真赤な実を付けて美しい。この実を食べた野の鳥達が肥料を付けて森のあちこちに種をまくのだろう。

 早春にはカタクリ・ニリンソウ・イチリンソウ・キンラン・ギンラン・シュンランなどが花を咲かせ私達の目を楽しませてくれる。こうしためったに見ることが少なくなった野の草花が、こゝ数年全国的に少なくなった。その主な原因が、心ない人々……それも野草大好きな、いわゆる自然派の人々の盗堀によるという。家の庭に植えても育たないし、第一これ等は市民共有の文化財でもある。一人占めは許されることではない。やはり野にあって、人々みんなの楽しみであって欲しいと思う。

 一茶や芭蕉が俳句の旅をしたことが知られている。村々を訪ね歩き、農家に宿を取る。すると近郊近在から人々が集まり俳句の会が開かれる。すべての人が短い詩―俳句をつくる。(上手へたは別として)世界的にみるときわめて珍しいといわれる。それゆえに日本は詩人列島などといわれている。

 春の季語に「竹の秋」というのがある。四月頃になると一時古い葉が黄ばんでくる。この頃の季節を俳句では竹の秋と表現する。似たような季語に「麥の秋」というのがある。五月下旬頃麥が熟れ黄色に染まる。春には「山笑い」夏には「山若葉」、秋には「山よそおい」そして冬には「山眠る。」日本の四季のうつろいを見事に短かい言葉で表現する。又、同じ花をいつまでも咲き続けさせておこうというより、次々と咲いては散っていくのを惜しいと思い、美しいと感じる。春らんまんと咲きほこる桜の花と、散っていく桜の花とを比べたとき、日本人は散りゆく桜の美しさを選ぶ心をもっている。

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 かつて、春の小川はさらさら流れ、岸にはスミレやレンゲの花が咲いていた。川にはメダカや小鮒が泳いでいた。そこには詩の世界があった。子供達は川に入り、花をつんでは冠とした。先日久しぶりに県内のある川に出かけた。その川は昔ながらに蛇行していて、きれいな水がさらさらと流れ、岸辺には菜の花が咲き、ツクシも見える昔ながらの川であり、私の気に入っている場所でもある。所がどうであろう。行って見て驚いた。川は真すぐに深く掘り直され、垂直なコンクリートで護岸され、その上高い金網の柵が両岸に張りめぐらされて人々を寄せ付けまいと頑張っている。何という変わりようであろう。上流部の開発で森が切られ、大雨の時に溢れ出した川の水が田んぼを覆う様になったのを防ぐ為と説明されたが、本当にこれで良いわけは無い。もっと工夫があっても良いと思うのだが。('98.4月号掲載)

恋の季節

 暦を開くと「三月六日啓蟄百足穴から出る」とある。枯葉や木の幹、皮の下、土の中でひっそりと冬の寒さに耐えてきた虫たち動物達が地上に顔を出す。それまで木の実や草の実、樹の新芽等の菜食で飢えをしのいでいた野の鳥たち。この頃になると待ちかねていた野鳥達が虫を動物を食べて栄養を付け春の準備をはじめる。群から離れ巣作りの為に縄張りを主張し、やがて気にいった相手を見つけて結婚する。正に年に一度の恋の季節のおとづれである。一歩森に入るとそこここで優しいラブソングが聞こえてくる。

四街道にもいるカワセミ

 私が長年生まれて育った東京を離れて、ここ四街道を終の住居と定めて来た十一年前の三月の朝、ホーホケキョという鶯の声で目をさました。殊に公害の多い所からの転居で、この素晴しい落差に驚いた。鳥をたずねて森にさまよい込んだ。鳥たちの明るく優しいシンホニーが美しいメロディーを奏でている。「チョットコイ、チョットコイ」と鳴いているのはコジュケイ。「こっちぃーおいでよ、こっちぃ」と囀る鳥がいる。後でわかったことだがこれはムクドリだった。この季節になると鳥達は違ったメロディーで囀る。デデッポーと鳴くキジバトもこの頃は雌鳩を追ってプンプンと鳴く。スズメさえも優しげに鳴く。

 昔からこうした鳥達の声を人の言葉におきかえて伝えている。法法華経と鳴くウグイス、ボロ着て奉公と鳴くフクロウ、千代田の城は千代に八千代にと鳴くメジロ、そして一筆啓上仕奉候と鳴くと伝えられるホオジロなどである。こうした「聞きなし」にともなって伝えられる伝説がある。春になると、空高く舞うヒバリは、昔お陽様にお金を貸したそうな。だから今でもヒバリは「利取る利取る、日一歩日一歩」とさえずっているという。又、東北地方に伝えられているというオオヨシキリの話を民俗学者の柳田国男が「野鳥雑記」で紹介している。

 昔和尚さんが小坊主をお供に町へ向った。途中気が付くと、小坊主に持たせていた草履の片方が無い。怒り狂った和尚が腰の刀を抜いて小坊主の首を切った。首は空高く舞い上りオオヨシキリになったという。だから今でも「行行しい、行行しい、草履片足なんなんだい、切らば切れ、切れ切れ切れ」と鳴いているのだという。葦に止まって鳴くこの鳥の声を聞く度びに、この伝説を思いだしほくそ笑む。そういえば、この鳥が大きな口を開けて囀る口の中は血を思わせる程に赤い。

コサギの群れ

 四街道は大変野鳥の種類が多い。トビ、オオタカ、サシバ、チョウゲンボウなどの猛禽類からフクロウ、アオバズク、カワセミまでいる。庭にはヒヨドリ、アオジ、ツグミ、シジュウカラ、メジロ、ウグイス、スズメ、キジバト、アカハラそしてキツツキの仲間のコゲラさえやってくる。庭の木に取り付けた、手作りの巣箱でシジュウカラが産卵して、巣立って行くのを見ることもできる。こヽ四街道は正に桃源郷、素晴しい楽園に思えてくる。
 この四街道にも異変がおとずれた。あれ程たくさんいた野の鳥達が近頃めっきり減った様に思われてならない。毎年の夏、家の前の電柱で「ホッホー、ホッホー」と闇を引きさく様に鳴いていたアオバズクがこヽ数年こなくなった。向いの森で夜聞こえていたフクロウの声も聞かれない。あい継ぐ開発で森を追われ住み家だけでなく食料さえも失なった野鳥達はどこへいったのか。失なうものの大きさに気付いて欲しい。

本当はウソという名の野鳥('98.3月号掲載)

 

一番星の花

可憐なオオイヌノフグリ

 駅からバスにゆられてものの10分もすると素敵な田園風景が見えはじめる。団地であったりするが、バス停から数10mも歩くと谷津田が開け、里山の雑木林に出会う。そんな所では空気も違って感ぜられ、生気がよみがえり、心優しくなったり思わず顔もほころぶ。ふる里にもどった様な安らぎがある。東京で生まれ東京で育った私でさえもである。

 そういう所の陽あたりの良い所で、早くも春を告げる様に一番早く花をつける野の花に出会う。冬も終りに近づくと、いたる所で春を待ちかねるように咲くのがこの花。枯葉の間からオオイヌフグリのルリ色の花を見つけると、暖かい春の訪れを感じる。群落を作って咲く姿は美しく清楚でりりしい。そんな所に出会ったら、身をかがめて虫と同じ視線からこの花を見ると良い。素晴らしい花園を見ることになる。7〜10mm程の小さな花であるがルーペがあれば花をのぞいて見る。ルリ色一色に見えた花にも美しい模様が見えてくる。メシベそして花粉をいっぱい乗せたオシベが2対。それが虫を呼ぶ様に付いている。4枚の花びらに見えるのも、それぞれが色を変えて対象形を作る。一切の手抜きをしていない姿に、何でこんなに美しく見事な造形をしているのかと感動する。この花をじっと見続ける。朝7時頃に花をほころび始める。8時半頃に一ぱいに花を開く。午後2時頃には早くも閉じはじめ2時半には花を落とす。この花は7時間半の間に花を咲かせて落ちる。つかの間の一瞬に力一杯咲かせて散る。それだけに毎日新品の花を私達に見せてくれて、いさぎ良い。

オオイヌノフグリの花

 この花にまつわる伝説が好きだ。キリストが兵隊に追い立てられて十字架を背負ってゴルゴダの丘に登って行く。イバラの冠をかぶせられ額から一筋二筋と血が流れている。気付かう人々が道の両側に群がる。その内一人の女性がつかつかと近より、ネッカチーフをはずして額の血を拭う。するとキリストの目からひと雫の涙。これがネッカチーフに写ったのがこの花。この女性の名がベロニカ。この花の学名ベロニカはこの伝説から来たという。花をもう一度じっと見つめてみよう。濃いルリ色の一枚の花びら、やや淡いルリ色の二枚の花びらと一枚のごく淡いルリ色の花びら。これが青い目からの一しづくの涙と見えないだろうか。こうして見るとこの花が益々好きになる。ユーラシア・アフリカ原産のこの花は明治に日本に伝わって来て、あっと言う間に日本中に広がった。日本にもこの花の仲間のイヌノフグリがあったが、今ではごく少なくなり見ることがほとんど無くなった。

 この花の名前の由来はと聞かれることがある。そんな時私はこの花の実を取ってルーペで見てもらう。じっと見てほっと頬を染める「そうなの……」。こうした花の名前は昔子供達が付けたに違いない。ひょっとして一人のひょうきんな「ガキ大将」が、この花を名付けた。そしてその名前が全国に広がっていったのか。こうして見るとこの花の名前もまんざら捨てたものでないと思う。然しこの花に私は「一番星の花」と名付けたい。春を待ちかねて咲くこの花にそれが最もふさわしいと思うのだが。

オオイヌノフグリの実

 四街道は上高地や乗鞍の様な自然ではない。ごく身近な自然が、私たちと共に生きている自然がそこにある。生かされている、守ってくれている自然がそこにある。この自然の中の名も知れぬ野の花が好きだ。

('98.2月号掲載)

 

山笑う季節  キレンジャクが四街道に

 長野県の小諸・岡谷からキレンジャク・ヒレンジャクの集団死が伝えられました。テレビや新聞でご覧になった方も多いと思います。そのキレンジャクが私達の住む四街道にもやって来ました。

 2月8日に旭ヶ丘の団地に、そして2月24日には桜で名高い吉岡の福星寺の境内で十数羽のキレンジャクを見ました。四街道は大変豊かな自然に恵まれた所で、たくさんの野鳥がやって来ますが、キレンジャクが来た記憶はありません。大変めずらしい事です。めったに無いことです。

 去年の秋、四街道や近郊ではイヌシデ・トチノキがほとんど実を付けませんでした。きっと北国でもキレンジャクの食料が不足で、遠く千葉県の四街道までやって来たのでしょう。暖かくなって無事に北国へ戻ってほしいと思います。

 春です。スミレ・タンポポ・オドリコソウ・カタクリなどの野の花が咲き、木々が芽ばえて「山笑う」季節になりました。

('97.4月号掲載)

きれんじゃく

キレンジャク(黄蓮雀)

    L20cmW32cm

冠羽と尾の先の黄色が愛らしい、いつも群れている小太りの鳥。

尾の先が黄色い、翼に白斑があり、飛び立つ時「ピーピー」と鳴く。

 

鎮守の森 鎮守の森

四街道には多くの神社があります。森から森へと歩いて行くと、神々の森に出会うとほっとします。樹齢何百年という巨木が豊かな緑陰を作ってくれています。この森は氏子の人々によって下草が刈られ、参道が掃き清められ、清々しい空気がただよっています。

四街道の豊かな自然は、多くの主として農家の人々によって何百年にわたって営営と守られているのですね。亀崎の熊野神社の総代のお一人林田文雄さんのご案内で神社の森を見ました。

樫(かし)・椎(しい)・木斛(もっこく)、公孫樹(いちょう)など樹齢500年、600年という巨木が何本も大切にされています。それだけではありません。杉や桧の若木が支柱を添えて新たに植えられ、この神社の森が後生にも大切に引き継がれようとしています。

この神社の森が今年4月に、市の天然記念物に指定されました。

('96.10月号掲載)

 

四街道の『軽井沢』

 街並から一歩はずれると、そこは別天地。里山の森、農道に沿って多様な木々に包まれた斜面林、そして、四季折々に色どりを変える谷津田が私達をつつみ込みます。

 里山の森に踏み込むと、落葉を敷きつめた農道に、こもれ陽が太陽の子供達をその落葉の上に投影しています。又或る時は椿の並木の美しい花達が私達の為に花の絨毯を用意してくれています。さわやかな緑の風が香り、ほほを撫でて通り過ぎます。時には大木の木の間からアオバズクが私達をのぞいていたりします。小鳥のさえづりが森を包みます。

 ここに踏み込んだ人々から、「ここも四街道?」「四街道の軽井沢!」という歓声が上がります。私達はこんな素晴らしい所に住んでいるのです。

('96.9月号掲載)

アオバズク

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